「お金が欲しいか?」
そう聞かれれば、誰だって「欲しい」と答えると思います。
もちろん、僕もそうです。
お金さえあれば、欲しいものが買えるし、家族にいい生活をさせてあげられる。
生活に余裕が生まれて、心にもゆとりができる。
お金がなくて困ることはあっても、あって困ることって、あんまりないですからね。
でも——
お金に執着しすぎると、ただ疲れるんです。
まわりが見えなくなって、大事なものをどんどん見失っていく。
それは仲間かもしれないし、家族かもしれない。
時には、自分自身を失うことだってあります。
最悪、信用すら失ってしまう。
稼ぐために「人を蹴落とす」ことが、正しいのか?
できることなら、誰からも恨まれずにお金を稼ぎたい。
でも、現実はそう甘くない。
お金を得るためには、誰かを蹴落とし、見捨て、人としてどうなの?
ってことをしなきゃならない場面もある。
「まわりから最低な人間だ」と思われても、平然と生きていける人もいる。
正直、すごいなと思う。
でも——僕にはそんな生き方、無理です。
僕は、正々堂々と、誰もが納得した上でお金を稼ぎたいんです。
誰かを犠牲にして、自分だけが得をするような働き方なんて、したくない。
独り身だろうが、家族がいようが、みんなそれぞれの生活を背負ってる。
僕が潤う代わりに、誰かが干からびた生活を送る。
そんなの、耐えられない。
そんな権利、僕にはない。
だから、絶対にそんなことはしないし、されたくもない。
「金に汚いヤツ」がいる現実
でも、どこにでもいるんですよ。
平気な顔して、人を蹴落として金を取るヤツ。
僕が今働いている運送会社にもいます。
金に汚い、最低なヤローが。
僕はそいつに何度も蹴落とされてきました。
理不尽な仕事を押し付けられたり、明らかに不公平な配車があったり…。
そのたびに「汚ねぇ仕事」を押しつけられ、我慢してやってきました。
でももう、正直うんざりです。
真っ当なことをして、まわりに気を使いながら稼ぐ。
それって、本当に疲れるんです。
今はもう、「稼がなくてもいいかな…」って思うくらい、気持ちがすり減ってる。
とにかく、疲れました。
身体も、頭も、心も。
「疲れない生活」って、やっぱり“お金に振り回されないこと”かもしれない
お金に執着しなければ、こんなに疲れなかったのかもしれない。
もっと気楽に生きられたのかもしれない。
でも僕は、「正しく稼ぎたい」っていう想いだけは、やっぱり捨てきれない。
正義感だとか、理想論だとか、そんな風に言われてもいい。
人を蹴落としてまで稼がないといけないなら、僕はもう稼がなくてもいい。
…そう思ってしまうぐらい、今の僕は、疲れています。
仕事、辞めたいな。
本音を言えば、そんな気持ちです。
まとめ、お金も大事。でも、もっと大事なものがある
世の中、きれいごとだけじゃ生きていけない。
でも、きたないことをしてまで稼がないといけない世界なら、そんなの僕は望んでいない。
働くって、何のためなのか。
お金を稼ぐって、誰のためなのか。
時々は、立ち止まって考えたっていいはずです。
本当の豊かさは、お金の量じゃなくて、心のあり方。
そう信じて、僕はまた明日もハンドルを握ります。
2024年現在はトラックドライバーとして、金銭面、精神的面も安定しています。
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