どうも、お疲れ様です。
社畜トラックドライバーこと、トラ介です。
僕には「自分の時間」と呼べるようなものが、ほとんどありません。
でも、それを「不幸だ」とは思っていません。
仕事の時間は家族の生活を守るために必要なもの。
だから黙々と働き、時には自分を削ってでも稼ぎ続けてきました。
けれども、同業の仲間からは…
「よくそんな生活できるねー」
「大変だねぇ、俺なら無理だわ」
…こんな言葉を、何度も言われてきました。
自分の時間を持て余す、そんな瞬間
ごくたまに、自分の時間ができることもあります。
でも、特別にやりたいこともなくて、ただボーッとしたり、ブログをいじったり。
「別にこんな時間、いらないかもな…」
そんな気持ちになることも正直あります。
趣味も夢もない人生。それでも僕は走る。
実は僕、趣味もありません。
- 好きな音楽もなし
- 観たい映画もなし
- お笑いもテレビも、特に興味なし
- 友達とも遊ばない、飲みにも行かない
誰かと連絡を取ることがあっても、生存確認レベル。
約束をするのも面倒に感じてしまい、自分から何かを求めることもない。
でもそれでも、別にいいと思ってるんです。
なぜなら——
僕には「家族」がいる。それがすべて。
家族だけは、かけがえのない存在です。
彼らの笑顔を見るために、行きたい場所があればどこにでも連れていきます。
家族と一緒に過ごす時間、それだけが僕にとって唯一の「やりたいこと」かもしれません。
自分の時間なんていらない。
家族が元気でいてくれれば、それでいい。
それでも僕は“社畜”です。
僕の仕事は、ただのトラックドライバー。
会社にとっての“便利なコマ”です。
- 突然の呼び出し
- 無理な配車
- 休日出勤
- 長時間拘束
なんでもやります。
やらされます。
もちろん、給料はそこそこもらえます。
でも、体が動かなくなれば、おそらく切り捨てられるだけ。
そういう先輩を、僕は何人も見てきました。
年を取れば使い捨て?それでも走り続けるしかない
この業界は「体が資本」。
年齢を重ねるごとに、どうしても身体はきつくなる。
それでも働くしかない。
ギリギリまで、踏ん張るしかないんです。
ブラック企業?
そんなの関係ありません。
僕にはこの生き方しかないんです。
人格を無視した配車も、屈辱も、バカなフリして受け入れる。
生活のために、家族のために。
まとめ|それでもトラックドライバーを辞めない理由
僕は、社畜トラックドライバーの代表格みたいなもんです。
自分の時間はなく、趣味もなく、誰かと飲みに行くこともない。
それでも家族のために、黙ってハンドルを握り続けています。
給料だけは、確かにいい。
だから今も、この道を選んでいます。
だけど、いつかこの生活にピリオドを打つ日が来るでしょう。
その日が来るまで、ただもがき続ける。
それが、僕の人生です。













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