こんにちは。
現役トラックドライバーのトラ介です。
今回、僕と同じ職業に就く仲間がまた一人、命を落としました。
場所は長崎市の「女神大橋」。
美しい景色で知られる橋の上で起きたのは、悲しい死亡事故でした。
この事故をニュースで知ったとき、胸が締め付けられるような気持ちになりました。
なぜなら、そこに映っていたのは、日々僕たちが向き合っている危険そのものだったからです。
この記事では、女神大橋で起きた事故の概要、過失の所在、そして現役ドライバーとして感じる恐怖や防げたかもしれない対策について掘り下げます。
女神大橋で起きた悲劇的事故の概要
ニュースによると、女神大橋の上で停車していた車両に、大型トレーラーが追突しました。
その衝撃でトレーラーの運転手は命を落とし、橋の上は大惨事となりました。
ここで注目すべきは「なぜ橋の上で車が停まっていたのか」という点です。
高速道路や橋の上は、緊急時以外での停車が法律でも禁止されています。
それでも停めていた車があり、その前に走っていたトレーラーは避けきれず突っ込んでしまったのです。
一見すると「突っ込んだトレーラー側の過失だ」と思う人もいるかもしれません。
しかし、現場を知る僕らからすると話はそう単純ではありません。
なぜ命が奪われたのか|過失の所在を考える
交通事故において、警察や保険会社は「過失割合」をつけます。
例えば、停車車両に追突した場合、基本的には後ろから追突した側の過失が大きくなります。
でも、女神大橋のような状況ではどうでしょうか。
橋の上で車を停めるという行為自体が重大な違反です。
前方に車が止まっていることを想定できない状況で、急に停止している車に出くわしたら、トレーラーのような重量車両は簡単には止まれません。
つまり、停車していた側にも大きな過失があるのです。
それでも現実には「追突した側が悪い」とされがちで、命を落とした運転手が「加害者」として扱われることもあります。
この理不尽さが、僕たちトラックドライバーを苦しめています。
結局のところ、誰の過失が大きいかという議論を超えて、命を落とした事実は戻らないのです。
現役ドライバーが感じる恐怖と現場の理不尽
僕らは毎日、自分の命を積んで走っているような感覚でハンドルを握っています。
でも、周囲の人はその重みを理解していません。
- 橋の上での安易な停車
- 路肩でのスマホ操作
- 高速道路での無理な割り込み
- 合流地点での急なブレーキ
こうした一つ一つの行動が、僕らドライバーを窮地に追い込みます。
その結果、過失がどう判断されようと「トラックが突っ込んだ」という事実だけが残り、ニュースでは「大型トレーラー運転手死亡」と報じられるのです。
命を落としたのは、無謀に停まったドライバーではなく、真面目に走っていたトレーラーの運転手でした。
この現実をどう受け止めればいいのでしょうか。
防げたかもしれない事故と防衛運転の大切さ
もちろん僕らドライバーも「防げなかったのか」と自問します。
道路交通法がどうであれ、命を守れるのは最終的には自分しかいません。
この事故をきっかけに改めて考えたいのが「防衛運転」です。
防衛運転とは、自分が事故を起こさないだけでなく、周囲の無謀な行動によって命を落とさないための運転姿勢のことです。
トラックに乗る以上、過失割合なんて関係なく「命を守る運転」を徹底するしかないのです。
防衛運転の具体例|速度・車間・視線の置き方
それでは、具体的にどんな防衛運転を意識すべきか。僕が現場で実践しているポイントを紹介します。
1. 速度を落とす
法定速度内でも、路面状況や天候、橋の上など見通しが効かない場所ではさらに速度を落とす。
「急いで届けること」より「生きて帰ること」が最優先です。
2. 車間距離は常に広めに取る
トラックは急に止まれません。特に橋の上やトンネルの出口など、逃げ場のない場所では車間を2倍、3倍に広げることが自分の命を守ります。
3. 視線を遠くに置く
直近の車だけでなく、数百メートル先の流れを見る意識を持つ。これによって急な停車や渋滞に早く気づけ、回避行動が取りやすくなります。
4. 逃げ道を常に意識する
もし前が塞がれたら、どこに逃げられるかを考えながら走る。橋の上のように逃げ場がない場所では、特に緊張感を持つことが大切です。
こうした一つ一つの行動が、「自分が過失を問われる事故を起こさない」ことにも直結します。
事故の教訓をどう生かすか
女神大橋の事故は、単なる「死亡事故」として片付けられてはいけません。
僕らにとっては、同じ仕事をしている仲間が理不尽な形で命を落とした大事件です。
過失がどちらにあったかは法律が決めることかもしれません。
でも、僕らドライバーにとって大切なのは、同じ悲劇を繰り返さないこと。
だからこそ「防衛運転」を徹底する必要があります。
たとえ過失割合がゼロだったとしても、命を失ってしまえば意味がない。
逆に、こちらに過失がわずかでもつけば、社会的な責任を一身に背負わされるのがトラックドライバーの宿命です。
まとめ|仲間の命を無駄にしないために
女神大橋で起きた悲劇は、僕ら全員に突きつけられた問いです。
「過失は誰にあったのか?」という議論よりも、「どうすれば同じ事故を防げるのか」を考えなければなりません。
僕らが守るべきは荷物ではなく、まず自分自身の命、そして周りの人の命です。
仲間の犠牲を無駄にしないために、今日も僕は防衛運転を胸に走ります。














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